『しょうぼうじどうしゃ』
|※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。
消防自動車取材記
真夏の暑いある一日、本誌藤枝編集長と担当の小杉氏とぼくとアシスタントの峰村嬢の4人で、横浜の旭消防署にやってきました。署では小杉氏の友人、斎藤正氏が「今、朝の訓練から帰ったところです」といいながら迎えてくださいました。
滑り棒の横をとおって階段を上がり、2階の応接所で取材の手はずをきめました。へやの中はシーンとして静かです。
消防士のおじさんが「さあ、どうぞ」とコーラを1本ずつもってきてくれました。コップも茶わんもありません。編集長のほうをチラッと見ると、すましてラッパ飲みです。飲みすぎで胃をこわしているぼくも、よしきたとばかりにラッパ飲み。と、冷たいコーラの刺激が胃の奥底から、いかにも男世帯の消防署のそぼくで、やさしく、暖かい心が、頭のてっぺんにジーンときてうれしくなりました。
斎藤氏の運転する救援補給車(人や物を輸送するワゴン車)で、40m級はしご車や化学車、排煙車、水陸両用救助車など、それぞれの車のある、それぞれの消防署にでかけることになりました。これはこの本のテーマである”消防自動車と地域社会とのつながり”ということにぴったりの取材行です。
前から一度、消防自動車に乗って走りたいと願っていたぼくの心はワクワクです。もちろん、サイレンもならさず、赤灯も点滅させずに走っていますが、ぼくの頭の中では、ウーウーとサイレンをならし、赤灯をパッパと点滅させて走っています。ぼくはもう、だいぶ興奮状態で、丘の上の住宅街をぬけて、商店街やビル街をとおっても、まったくどこをどう走っているのやら、わかりませんでした。
はじめに戸部消防署で40mはしご車をわざわざ隣のあき地にだして、はしごを動かし、取材させてくださいました。スノーケル車、スクアート車もありました。
つぎの今井消防署では、排煙サルベージ車を近くのあき地へもっていって、高発砲チューブをのばしたり、排煙装置やその他の機械を操作して説明してくださいました。その時、どこからかふたりの子どもたちが走ってきて「おじさん、くんれんしてるの!」といいながら、消防士のおじさんにまとわりついてきました。やさしい消防士のおじさんは、きっとこどもたちとおなじみなのでしょう。
こうして丘のあき地で説明を聞いているときでも、消防車に無線連絡がはいってきます。”○○救急車○○に出動、病人、○○病院手術用意OK”などと、本部からの指令無線です。さいわいに火事の無線ははいりませんでしたが、もし火事だ、出動だ、となれば、この場からすぐ火災現場にかけつけて活動できる準備ができているそうです。
化学消防車の取材には、保土ケ谷消防署にいきました。救助工作車や照明車、無線指令車などがあります。
ここでも、訓練から帰ったばかりの消防士のおじさんが、化学車のいろいろな機械を動かして説明してくださいました。その時、発泡ノズルや化学薬品などがはいっている後ろ扉の中に、1本の長い柄のついたひしゃくがありました。昔のお百姓さんが使った、いわゆる肥びしゃくというやつです。
化学機械を集めた化学車に肥びしゃく、そういえば他の消防車にも、きこりが使いそうなおのとか、江戸時代の火消しが使ったとび口が、かならず備えつけてあります。どんなに機械化されても、いざという時には人間のそぼくな動作、力、つまり、くむ(ひしゃく)とか、たたきわる(おの)とか、ひきたおす(とび口)とかがいるのだなと思い、近ごろの世の中が忘れている何かが、こんなところにあるぞと、うれしくなりました。
長い夏の一日も、いつのまにか暮れかかっています。いそいで旭消防署に帰って、赤バイやミニ消防車、直伸はしご車を動かして説明していただきました。同行の女性おふたりはこのはしご車に乗り、天女のごとく夕暮れの空高く舞い上がりましたが、いかんせんぼくは高所恐怖症、ただただ下からながめるばかりでした。
もう日はとっぷり暮れてしまいましたので、水陸両用車(この本には登場しません)や川崎消防署の装甲化学車は、後日の取材にゆずりました。
最後に、この取材にあたって、忙しい時間をさいてご指導くださった消防署のかたがたに、心から御礼申し上げます。また、三菱自動車、日野自動車のパンフレットと、ジェイムズ氏の『THE RED FIRE BOOK』を参考文献にしました。
●消防自動車の各装置
ほうすいじゅう(放水銃)ほとんどの消防車に積載されている、持ち運びのできる放水器具。
ふんまつしょうかそうち(粉末消火装置)炭酸ガスでケミカルドライパウダー(化学的に合成した粉末)を放射し、電気や油火災に威力を発揮する装置。
ほうしゃじゅう(放射銃)そうこう化学車のドーム内にある二つの銃をいいます。銃は、水と化学消火剤をあらゆる方向に放射できます。
じえいふんむそうち(自衛噴霧装置)消防車の前・側面についていて水を噴霧する装置で、火災現場の輻射熱から消防車や隊員を守る役割をします。
アウトリガー はしご車を安定させるジャッキ。
れんらくかくせいき(連絡拡声器)はしご車の操縦席とバスケットを結ぶ通話装置。
エアーパック 有毒ガスや空気のないところで、呼吸を保護する器具。
4しょくしんごうとう(4色信号灯)はしごを使用する時、安全か危険かを4色の信号灯と非常ベルで操縦員に知らせる装置。
ほじょロープ(補助ロープ)はしごを全部伸ばしたとき、揺れを防ぐロープ。
リモコンそうじゅう(リモコン操縦)激しい火煙の時、隊員にかわって無線または有線操縦で放水器具を動かし、火熱をしずめる装置。
こうはっぽうチューブ(高発泡チューブ)膨張性の高い泡は、ビルなど密閉建物火災で、排煙、冷却(水で消火する)、窒息消火(空気を遮断して消火)できます。その泡を送るチューブ。
「かがくのとも1月号 通巻82号 しょうぼうじどうしゃ 折り込みふろく」より