でんしゃがはしる

『ずかん・じどうしゃ』

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乗り物との出会い

ずかんじどうしゃ.jpg

山本忠敬

僕は東京に生まれ、今までずっと東京で育ったのですが、昔、母方の伯父が長野で運送業をしていて、そこ泊まりに行き、毎日、駅構内に汽車を見に行っていたある日、貨車に手をはさまれておおけがをしたんだそうですが、翌日になると、また「汽車を見に連れて行け」といって泣いて困った、と従姉妹によく聞かされました。

しかし僕の記憶には全然ないので、おそらく一、二才のころの事だろうと思います。
最近、絵本「はたらくじどうしゃ」を作っていて五十何年ぶりに思い出したのですが、当時、僕の父が自動車会社の支配人か何かしていて、その会社に連れて行かれ、大きなガラス張りの店の中に、新しいトラックが三台並んていて、そのトラックに乗って一日中遊んでいました。高い運転台の上から、ガラス越しに道行く人に、ブーブーと警笛のラッパを鳴らして、得意絶頂になった幼い心が、なまなましく記憶によみがえってきました。それは大正十年前後、僕の四、五才のころで、場所は日比谷の近くだったと思います。当時は自動車などは珍しく、町行く車は人力車か荷車、荷馬車でした。僕の家の近くの目白の坂下には「立ちん坊」という人たちが立っていて、車を坂上まであと押しする商売があったころです。
そして、この記憶は、この日一日で、しかも一回きりなのです。おそらく父は、それから間もなく、会社をやめたのでしょう。今、僕の記憶にある父は、毎日家にいて文机の前にきちんとすわって、字や絵をかいていた父でしたから。
今度は、小学校四、五年のころだったと思いますが、時々、オートバイのうしろに乗せてもらって町をすっ飛ばしていました。(今の暴走族のはしりです。)もちろん父母には内緒でしたが、ある日、さかさに落ちて引きずられ、頭におおけがし幾針かぬいました。
このオートバイに乗せてくれた人は、今ではどこのだれやら、まったく”記憶にございません。”

「少年版・こどものとも2号〈5〉ずかん・じどうしゃ 折り込みふろく”絵本のたのしみ”」

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